u-yunの前向きブログ

前向きに生きていくために気付きや教訓書きます。パニック・うつと格闘中

【今週のお題】おばあちゃん

今週の話題はおじいちゃん、おばあちゃんですね。

父方、母方ともに祖父は生まれる前に亡くなっており、父方の祖母は僕が3歳くらいの亡くなっていて、僅かに覚えているのは亡くなる前に握手をしたことくらいです。

 

 

だからおばあちゃんと言って思い浮かべるのも母方の祖母の思い出が大半です。

 

母方の祖母は僕を含めた孫4人に「ばあちゃん」と呼ばれていました。

ばあちゃんは一人暮らしでしたが偶に遊びに来ては袋いっぱいのお菓子をおみやげで買ってくれました。

料理が得意で焼きそばにじゃがいもを入れて作ってくれました。

たばこと福山雅治とラジオが大好きで笑い声が特徴的なかわいいばあちゃんでした。

 

 

そんなばあちゃんですが、僕が中学3年生頃から徐々に認知症になり、道に迷ったり、部屋が片付けられなかったり、今まで出来ていたことが少しずつ出来なくなりました。

 

僕自身がそれをはっきり認識したのは高校1年生の頃です

 

きっかけは叔母からばあちゃんの家の掃除を手伝ってほしいと姉が頼まれ僕自身もついていくことになったからです。

 

ばあちゃんの家は電車で1時間くらいかかる場所にあって行きやすい場所ではありませんでしたが、実はその連絡が来る少し前にばあちゃんが急に亡くなってしまい、ばあちゃん孝行もっとすればよかったという後悔の思いを夢で味わい、行動力のない自分ですが、の時は迷わずばあちゃんの家へ行きました。

 

今思えばあの時、ばあちゃんの家に行って本当によかったです。

 

掃除は大変でした。7袋分のごみを出したり、湧いてきた虫を退治したり、賞味期限がきれた食べ物がいっぱいある冷蔵庫と格闘したりしました。

通信制の高校でほとんど登校しないで良いとはいえ、アルバイトしながら何回も通うのは正直しんどかったです。

でもそのおかげでばあちゃんの家はみんなでご飯を作って笑顔で食べられるくらいまできれいになりました。

その後はデイサービスの力も借りながら、ごはんを食べたり、銭湯へ行ったり、たくさん思い出を作ることが出来ました。

 

その後骨折をしたのをきっかけにばあちゃんはグループホームに入り

それから約3年後おばあちゃんは旅立ちました。

もちろん寂しかったですが、自分が納得できるくらいのばあちゃん孝行が出来たのは本当に良かったです。